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東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)28号 判決 1960年2月09日

原告 日本繊業株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告代理人は、「昭和三十年抗告審判第二四〇四号事件について、特許庁が昭和三十三年六月三十日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

二、被告代理人は主文と同じ判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、原告代理人は、請求の原因としてつぎのとおり述べた。

(一)、原告は、昭和三十年五月二十六日、ゴム入紐・組紐その他商標法施行規則第十五条所定の第三十五類に属する商品を指定商品とし、別紙(甲)記載のような原告の商標について、特許庁に登録を出願し(昭和三十年商標登録願第一四二〇五号)、その後同年九月七日付で、昭和三十年商標登録願第一五二四四号と連合商標の登録出願に訂正した。

これに対し、特許庁は、同年十月二十日付で拒絶査定をしたので、原告は同年十一月十二日抗告審判を請求したが(同年抗告審判第二四〇四号)、特許庁は、昭和三十三年六月三十日、本願商標は登録第三九四一五七号商標と称呼観念を共通にするものであり、取引上互に誤認混同を生ぜしめる類似の商標であるとの理由のもとに、右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その審決書謄本は同年七月八日原告に送達された。

(二)、しかし、右審決はつぎの理由により違法である。

1、審決に引用された登録第三九四一五七号商標は、昭和二十四年十二月十日出願され、昭和二十五年十一月二十四日登録されたもので、商標法施行規則第十五条所定第三十五類に属する商品〔他類に属せざる糸類の編物、組物、撚物、「レース」、「ドロンウオーク」、刺繍品及び各種の紐類〕を指定商品とし、地球の図形を描出して成るものであるが、これと本件商標を比較するに、その外観・称呼・観念のいずれの点よりみても、両者はつぎのように相違するのである。

(1)、まず、その外観において相違することは明らかである。すなわち、審決引用の商標は別紙(乙)記載のような単に地球のみを描いたものであるのに対し、本件の出願商標は、地球の図形のほぼ中央を、上下に縁線を有するリボンで囲繞し、そのリボンに「UNIVERSAL」と横書きしたものであるし、また、地球の図形自体についても、引用商標は赤道の線が左右に直線となるようにし、太平洋から印度洋にかけての部分が描き出されているのに対し、本件商標は、約十度前方に傾斜させて地球の図形を描き、大西洋をほぼ中央にしてその両側の陸地を描き出したものなのである。

(2)、つぎに、本件商標と引用登録商標とはその称呼および観念を異にするものである。審決は、「称呼観念上よりみるときは、前者〔本件商標〕は、地球の図形の中央の帯状部分に「UNIVERSAL」の文字があるから、一応ユニバーサル(UNIVERSAL)の称呼観念を有するものとしても、その構成に徴し明らかな如く、地球の図形が極めて顕著であり、圧倒的主要部分を占め、看者の注意もこの部分に集中せられ強い印象を与えるものと認められるから、これも要部をなすものと謂わざるを得ないものである。従つて前者よりは単に地球の称呼観念をも生ずるものと謂うを経験則に照らし相当とする。これに対し、後者〔引用登録商標〕よりは単に地球の称呼観念を生ずるのを自然とするものなることは多言を要せずして明らかなところである。」と説明しているのであるが、しかし、本件商標は、地球およびリボンの図形とリボン内に表わされた「UNIVERSAL」という文字との不可分一体より成る結合商標であつて、その図形殊に地球の図形のみが世人に対し特に強い印象を与えるというようようなものではなく、文字の部分もまた世人が注視し強く印象づけられるものである。したがつて、図形と文字との間にはなんら軽重の差がなく、審決の説示のように地球の図形の部分が圧倒的主要部分をなしているというのは誤りである。

それゆえ、本件商標の描出の態様を逸脱せずして称呼観念するとすれば、顕著に表わされたリボンの図形と「UNIVERSAL」という文字を除外できないはずであり、したがつて、本件商標の構成態様より自然に生ずる称呼および観念は、「ユニバーサル」のほか、(1)「ユニバーサルグローブ」(2)「グローブユニバーサル」(3)「ユニバーサルリボン」(4)「グローブリボン」(5)「リボングローブ」(6)「リボンユニバーサル」(7)「グローブリボンユニバーサル」(8)「グローブユニバーサルリボン」(9)「リボングローブユニバーサル」(10)「リボンユニバーサルグローブ」(11)「ユニバーサルグローブリボン」(12)「ユニバーサルリボングローブ」といつたようなものである。要するに、商標構成の一部にすぎない地球の図形のみを抽き出して、「地球」という称呼観念を生ずるとなすのは不当であるといわねばならぬ

2、本件商標は、昭和二十七年以来原告会社の商品たるゴム入紐および組紐に使用し、国内において大々的に販売するかたわら、諸外国向けとしても使用しているのであるが、その取引の実際においては、「ユニバーサル(Universal)」とか「グローブユニバーサル(Globe Universal)」とか「ユニバーサルグローブ(Universal Globe)」とかないしは「ユニバーサルオングローブ(Universal on Globe)」とかいうように呼ばれており、これを単に「地球」とか「地球印」というふうに呼ばれたことは一度もない。そして、現在では本件商標をみる者がただちに商品ゴム入紐および組紐とともに原告会社を想起するほど著名周知となつているのに反し、引用登録商標は商標権者たる平仙レース株式会社はレース類のみを製造し、そのレース類にだけ引用商標を添付販売し、かつ原告の商品たるゴム入紐および組紐と、レース類はデパート等における売場を異にするものであるから、引用商標との間にその出所等の誤認混同を生ずるおそれは少しもないのである。それゆえ、これを引用商標と類似するものとして登録を拒むべき理由はないものといわねばならない。

3、なお、特許庁における従来の審査方針をみるのに、商標類否の関係が本件商標と引用商標との間におけると同様と認められる場合につき、これを非類似としている事例、たとえば商標出願公告昭和二十七年第七〇七三号(甲第二十四号証)と商標出願公告昭和二十八年第一七三一八号(甲第二十五号証)との如く、また商標出願公告昭和二十八年第一六一五八号(甲第二十六号証)と商標出願公告昭和三十年第六二六〇号(甲第二十七号証)および商標出願公告昭和三十年第六二六三号(甲第二十八号証)とが存する如く、その事例が少なくない。このような前例に徴すれば、本件審決は従来の審査方針に反して不当に類似の場合を拡張するものというべきである。

(三)、以上の次第で、本件審決は違法であるから、これが取消を求める。

二、被告代理人は、つぎのとおり答弁した。

(一)、原告主張の(一)の事実は認める。

(二)、原告主張の(二)の事実のうち、審決に引用した商標の出願ならびに登録の年月日・指定商品・商標の構成に関する点は認めるが、右引用登録商標と本件商標とが類似していないという原告の見解についてはこれを争う。

(1)、審決において両商標が類似するとしたのは、主として称呼および観念の点から説明しているのであるが、外観の点についても、両商標の構成および図形の内容が原告主張のようになつているということは、必ずしも両者を外観の点において非類似と断定すべきものとの結論を導き出すものとは考えられない。

(2)、本件商標は、地球の図形に巾のせまい帯状の図形を配し、その帯状の部分に「UNIVERSAL」という文字を表わしたものであるが、右の帯状の図形は単に地球を巻いているようにした程度のものにすぎず、地球の図形の方が極めて顕著に表現され、圧倒的主要部分を占めているのである。なるほど、右の「UNIVERSAL」の文字によつて、一応「ユニバーサル」の称呼観念を生ずるようになつてはいるけれども、それは顕著に表現された地球の図形と直接に関係のないものであるから、これらの事情を総合的に判断すれば、右の顕著に表現された地球の図形からして単に「地球」という称呼観念をも生ずるものであることは、経験則に照らし肯認されるところである。一方引用登録商標は、その構成自体からして「地球」という称呼観念の生ずることは明らかであるから、両者はその称呼観念を共通にするものというべく、この点で取引上誤認混同を生ぜしめる類似商標たるを免れないことは、審決の説示するとおりである。すなわち、審決の右結論は、本件商標の構成全体より観察したうえ、その商標を構成する図形および文字のうちいずれの部分が要部をなしているかを判断したものであり、原告のいうように「UNIVERSAL」という文字を看過して地球の図形のみを描き出し「地球」という称呼観念を生ずるとしたものではない。原告は本件商標から自然に「ユニバーサルグローブ」その他多数の複雑な称呼観念を生ずるというけれども、そのようなことは商取引の経験則に照らしあり得ないところというべきである。

(3)、原告は、本件商標を昭和二十七年頃よりその主張の商品に使用しており、本件商標は国内および国外における取引上周知著名となつているというのであるが、仮りにそれが事実であるとしても、その商標が他人の既登録商標と類似のものであり、これを同一または類似の商品に使用するものであつてみれば、やはりその登録を求めることは許されないものといわねばならない。

(4)、なお、原告は審決が本件商標と引用登録商標を類似のものとしたのは従来の審査方針に反し不当であるというけれども、どのような登録の前例があるかということは直接本件には関係のないことであり、審決の判断を正当とすべきこと前記のとおりである以上、原告の右主張は理由のないものというべきである。

第三、(証拠関係省略)

理由

原告がその主張の日時その主張の商品を指定商品として別紙(甲)記載の商標につき特許庁に登録の出願をしたこと、その後原告主張の経過によりその主張のような理由で、原告の抗告審判の請求が成り立たない旨の審決がなされ、その審決書謄本が原告に送達されたことは当事者間に争いがない。

すなわち右審決は、原告の抗告審判の請求を排斥する理由として、登録第三九四一五七号商標を引用し、本件出願の商標は、右引用の登録商標と、外観の点はともかく、称呼および観念を共通にするものであるとしているので、この当否について検討することとする。

成立に争いのない甲第六号証、同第三号証によれば、本件出願の商標は、別紙(甲)記載のように、円形の図形(経緯度線を表示したうえ、大西洋を中心としてそれを囲繞する大陸を描出した地球の図形と認められる。)とその図形をほぼ中央で横に巻いている細長い帯状の図形(円形の図形の上下の長さに比し約六分の一の巾を有する帯状の図形でこれには上下に縁線があり、両端の切り込みと合わせ考え、リボンを表わすものと認められる。)を描き、地球の図形の左右両端の後方から右リボンの両端がそれぞれ出ているようにし、そのリボンの中に、地球の図形の左端のあたりから右端のあたりにかけて、右リボンの図形内(両端部分を除く。)のほとんどいつぱいにゴシツク体でUNIVERSALと横書きして成るものであるが、一方審決に引用された登録第三九四一五七号商標は、単に別紙(乙)記載のとおり円形の図形(経緯度線を表示したうえ、極東を思わせるような図形を描出したもので、地球を表わすものと認められる。)を描いたものであることが明らかであり、また右引用登録商標が本件出願商標と同様に商標法施行規則第三十五条所定の第十五類に属する商品を指定商品とするものであることについては当事者間に争いがない。

前記認定の事実によれば、直接視覚に訴えるかぎりにおいては、本件商標を見る者が右のリボンの図形ないしはUNIVERSALの文字を看過するというようなことのあり得ないことはもとよりいうまでもない。しかしながら、一般に円形の図形は、これに経緯度線の表示があり、陸地部分と海洋部分に描き分けてある以上、一目瞭然なんらの説明を要せずして、何人もただちにこれを地球を描いたものとして了解し得るほどに、地球という観念が一般世人に親しみのあるものであるのに反し、リボン(殊に本件商標のように、結んだものでなく、見方によつてはUNIVERSALの文字を表わすための「わく」の役目を果たすに過ぎないともみられるような場合)の図形は、地球の図形のように一般世人に親しみのあるものではない。さらに、原告は、本件商標をゴム入紐および組紐にのみ使用すると自陳していることによれば、本件商標の付せられる商品は主として家庭婦人を需要者とするものと認めるべきであるが、本件商標の中央位に存在するUNIVERSALの文字はこのような一般需要者層において何人もただちにその語の読み方ないしは意味内容を了解し得るというようなものでないことは、当裁判所に顕著なところである。

そこで、以上のことを総合して隔離的に観察するときは、本件商標を見これを付した商品を記憶する者の中には、前記のように極めて顕著に描き出されまた親しみのある地球の図形に重点を置き、これのみをよく記憶し、単に「地球印」として呼ぶ者も相当多く存するであろうことが容易に推測されるから、本件商標から単に「地球」という称呼および観念をも生ずるものと認定せざるを得ない。

原告は、昭和二十七年以来原告の製造販売する商品(ゴム入紐および組紐)に本件商標を付しているが、それが単に「地球(地球印)」と呼ばれたことは一度もないと主張しており、当裁判所が真正に成立したものと認める甲第八ないし第二十二号証第二十三号証の一、二および証人早川重男、同崎浦吉太郎の各証言によれば、原告の国内および海外における若干の取引先が本件商標を「ユニバーサル印」と呼んで取り扱つていることが認められるけれども、この一事のみをもつてしては、他の取引先や需要者が一般に本件商標を「地球印」と呼称していないという事実を認めるに足りない。

一方、審決引用の登録商標が単に「地球」という称呼および観念のみを生ずるものであることは多言を要しないところである。してみれば、両商標は同一類別に属する商品に使用せられ得ることは前段認定のとおりであり、かつその称呼および観念を同じくして取り扱われることが少なくないものであるから、両者は互に類似する商標であるといわねばならない。

原告は、現在では本件商標は、これを見る者がただちに商品ゴム入紐および組紐とともに原告会社を想起するほどに著名周知となつており、また商品の種類、販売状況等も異なつているため、取引上引用商標と誤認混同を生ずるおそれはないから、本件商標の登録を許容すべきである旨主張するけれども、本件商標の登録出願は第三十五類一般を指定商品としての出願であり、引用登録商標と指定商品を同じくするのであるから、過去の事実はともかく、将来において現在原告が製造販売している商品と同種のゴム入紐および組紐に引用登録商標の付せられる場合あるいはその逆の場合の生ずるおそれがないとはいえないのである。それゆえ、両商標が前記のとおり称呼および観念を同じくして取り扱われ得るものである以上、現在原告会社がゴム入紐および組紐のメーカーとして著名であり、また現在右商品にのみ本件商標を使用しており、引用登録商標権者がレース類にのみ引用登録商標を使用しているため、現在商品について誤認混同を生じないからといつて、将来においても右の誤認混同を生ずるおそれがないとはいえないのであるから、右の点に関する原告の主張は採用できない。

さらに、原告は、特許庁において本件商標と引用登録商標が類似するものと認めたのは、特許庁の従来の審査例に反するものであると主張する。もとより、査定または審決をするにあたり、なるべく先例を尊重し、みだりにこれを変更すべきでないことは当然であるが、原告主張の事例は本件と事案を異にし、かつ特許庁の査定または審決は当裁判所を拘束すべきものでないことは、言をまたないところであるから、爾余の判断をまつまでもなく、右の主張はこれを採用しない。

以上説明のとおり、本件出願商標と既登録の引用商標とは、指定商品を同じくし、かつ称呼観念も類似するから、外観が類似するや否やを判断するまでもなく、原告の登録出願は失当であり、その出願に対してなされた拒絶査定を是認し、原告の抗告審判の請求を排斥した本件審決には違法の点がなく、右審決の取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 多田貞治 入山実)

(甲)<省略>

(乙)<省略>

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